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2017年の8月はまるまるひと月ロンドンにいた。滞在中、E・M・フォースターの小説『モーリス』の舞台のひとつであるケンブリッジを訪ねて、クライヴの部屋があるキングス・カレッジのキャンパスも歩いた。夏休みで、観光客ばかりだった。キャンパス内の建物の窓は、ほとんど閉じていた。緑が青々と茂り、窓の下半分を覆っていたのが印象的だった。いずれ、窓全体を覆ってしまうのだろうか。

『モーリス』において、主人公モーリスは窓からクライヴの部屋に入る。彼はクライヴにキスをして、すぐに同じ窓から部屋を出る。後半、庭師のアレックスも、窓からモーリスの部屋に入る。映画では窓は開いたまま。でも、夜がきっとふたりを隠してくれるのだろう。夜明けにアレックスが去り、執事が部屋に入る頃には窓はぴったり閉められている。

サマセット・モームは第一次世界大戦中スパイ活動に携わるようになり、ジュネーヴにあるオテル・ダングルテールの一部屋を拠点にしていた。彼はどのような思いを抱いていたのだろう。男性間の同性愛行為が違法だったイギリスを離れ、少し開放的な気分になっただろうか。しかし彼は、スパイ活動という別の秘密を抱えた。ホテルの部屋で、彼は窓の向こうに何を見ていたのか。

ロンドンから空路でジュネーヴに行き、オテル・ダングルテールを外から眺めた。八月末、街は賑やかだった。あのいずれかの窓の向こうで、モームは何を考え、書いたのか。何を発表し、何を発表しなかったのだろう。

夜にもう一度ホテルを訪ね、ブルーに輝くホテルのサインを見上げた。いくつかの部屋には明かりが灯っていた。持っていたフィルムカメラで写真をとったけれど、現像したらピントが外れぼんやりと光が滲んでいた。




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(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi