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聞いて、聞いて
私よ、オンディーヌよ
やさしい月の光がさす窓を
月光に輝く飾り硝子を
夜露のようにそっとたたくのは私
アロイジウス・ベルトラン(庄野健訳)『夜のガスパール 抄』(青空文庫、リンク)

2014年の晩夏、午後。知人の結婚パーティーからの帰り道、ひとりで銀座を歩いていた。ぶらりと人気のない方へと歩き、なんとなく目の前にスーツ姿の男を認めながら、追うでもなく同じ方向にあてどなく足を運ぶ。京橋の交差点で赤信号に引っかかる。立ち止まった男が横を向き、首元に手をやり、細い首から紺色のネクタイを外す。見覚えのある、特徴的な喉仏が目に入る。その横顔から目を離せず、男の少し後ろで止まる。男はスマートフォンで何かを確認して、しまう。信号が青に変わると、彼はしっかりとした目的を持ったように歩を早めた。手に持ったネクタイが揺れている。僕は後を追い、ひとつ目の角を曲がったところで声をかけた。その目が迷惑そうに少し細まり、そして見開く。エスさんだった。結婚式か何かですか?聞くと彼は笑ってそれを認め、お互いそんな年になったねと笑った。気疲れしたから甘いものを食べに行くのだと言う。一緒にそこでコーヒーでも飲まないか?店に入ると彼は勝手知ったようにショーケースの左端にひとつだけ残っていた、黒曜石のように輝くチョコレートのケーキをオーダーし、店員に導かれてテーブルへと進む。隣では、ビジネススーツの男ふたりがケーキとコーヒーを間に愚痴を言い合っている。日曜なのに。コーヒーを頼んだあと、フロイトはあれから幾つか読んだのですと言うと彼は、はて、という顔をした。とたんに記憶が濁る。あれ、エスって…フロイトのエスですよね、昔の、その…ハンドルネーム。ぼくは隣の二人組を意識しながら、少し小声で言う(ハンドルネームは、ミスチルからですか?と初めてのメールで聞いてしまった記憶をひもときながら)。いや、ただのイニシャルだったんだけど…E、S。と彼は答えた。その目には、からかいの色も嘘も見えない。

たち騒ぐ波は水の精
すべての流れは私の王宮への径みち
私の王宮は
火と土と風のはざま
湖底にかくされた秘密
(同上)

僕は、十年以上前にウェブの掲示板で見つけた、彼の投稿を思い出そうとする。写真は、長袖のTシャツにストール。見下ろすように撮られていて、表情はよく見えない。好きな音楽:宇多田ヒカル、マドンナ、ジャネット、エリカ・バドゥ、レディオヘッド。レディオヘッドを除けば典型的だ。宇多田ヒカルは「Final Distance」よりも「DISTANCE」が好きだと二回目のメールで書いていて、大人だなと思った(僕は「Final Distance」のアレンジが好きな「子供」だった)。レディオヘッドは「Creep」しか聞かない、とも。出たばかりの『Amnesiac』も『KID A』も聴いていないという。わずかな失望。初めてのチャットで、ずいぶん長くフロイトの話をしなかったか。まったく精神分析に疎かった僕に、フロイトやラカンについて語っていなかったか。僕は、彼に『Amnesiac』や『KID A』を聴いてもらいたくてSNOOZER垂れ流しの論を展開しなかったか…そう思っていたものの、聞きただすきっかけを得られずにいた。エスさん…ESさんは、いまは都内の美術館で働いていると言う。僕は美術家として活動していると伝えた。こんなにも近い世界で働いていたなんて、と僕たちは驚く。そういえばあの時も、ロモのLC-Aをずっと手にしてたねと彼がいい、僕は恥ずかしくなる。あの頃、ウェブで知り合った男の子たちは、みんなLC-Aで写真を撮っていた。僕もそれに触発されて写真を撮りはじめていたけど、ESさんはLC-Aは持っていなかった。その頃から、サイバーショットを使っていたはずだ。

聞いて、聞いて
私の父は榛はんの若木の枝で水を従えるのよ
姉さまたちは白い波で
水蓮やグラジオラスが咲きみだれる
緑の小島をやさしく包み
釣人のように枝を垂れた
柳じいさんをからかっているわ
(同上)

最近はどんな音楽を?と僕は聞く。ESさんと知り合う前はジャネットにもマドンナにも興味はなかった。「Creep」が好きだというレディオヘッドファンは馬鹿にしていた。最近はクラシックばかり、とESさんが答えた。フランス近代の、例えばモーリス・ラヴェル。ざっと頭の中にラヴェルの作品名を並べ、『ラ・ヴァルス』が好きだと僕は言った。第一次世界大戦後、母親の死後に彼が作った曲。ESさんは『ダフニスとクロエ』、それ以上に『夜のガスパール』が好きだと言った。第一次大戦前、1909年の作品だ。僕は、あの曲は抽象的すぎてよく分からないと正直に言った。ベルトランの詩は読んでみるといい、彼の死後出版された唯一の詩集だ。そう、そんな風にESさんは19歳の僕にフロイトの『不気味なもの』を薦めなかったか。発表当初は20部ほどしか売れなかったというベルトラン『夜のガスパール』をラヴェルは70年近く後になって「発見」し、三つの詩からピアノ曲を作った。一曲目は「オンディーヌ」。水の精の詩。オンディーヌは男に恋をし、みずから指輪を差し出して求婚する。私の夫になって、湖の国の王になって、と。でも、男は断る。人間の恋人がいるのだ、と。

オンディーヌは
恨みがましく涙を流したかと思うと
嘲笑を私に浴びせかけた
そして水のなかへと
帰っていった
オンディーヌのたてたしぶきが
青硝子に白い跡を残した
(同上)

オンディーヌと男との交流は、すべて窓越しに行われている。室内には、男の恋人がいたのかもしれない。最後オンディーヌは、雨粒のように窓を濡らし、湖へと戻ってゆく。誰の演奏で聴くといいですかねと聞くと、ポゴレリチ、と返された。苦手なピアニストだ…と僕は思いながら、ポゴレリチはブラームスの間奏曲集とショパンの前奏曲集しか聴いたことがないと告白した。彼のショパンは良いと思うよ。「雨だれ」もジョルジュ・サンドとの旅の間に遭遇した雨に触発されて作った曲だね。オーダーしたケーキがテーブルに置かれ、僕たちは会話を中断してその美しいケーキに全意識を注いだ。花びらを形作った極限に薄いチョコレートに包まれた漆黒の、濡れたチョコレートケーキ。金箔が中央に輝いている。このお菓子の名前はアンブロワジー。神の食べ物という意味だ、とESさんが恭しく言いフォークをするりと突き刺した。ずっと、神の食べ物は赤いものだと思っていた。





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(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi