二年程前、市橋達也が沖縄の離島に潜伏していたというニュースをみて、それが自分の生まれた沖縄の離島(のさらに離島)だったと聞いて、不謹慎ながら彼に興味を抱いたので、『逮捕されるまで』を読んだ。

彼が居たオーハ島は、久米島と橋で繋がった奥武島のさらに向こうにある。静かな内海を挟んだ向こうにあるその島には、かつていくらかの家族が住んでいて、子供たちは、竹馬に乗ってこちら側に渡り登校したという。僕が物心つく頃には、すでに1世帯程しか住んでないと言われていた。ずっと興味はあったけど、渡れなかった。奥武島とオーハ島の距離はそんなに無いけど、島の間、潮の流れは結構早くて泳ぎの苦手な僕は干潮時でも向こうに渡れそうになかった。何より、行く正当な理由もない。だから、僕は生まれてこのかたオーハ島に行った事がない。でも、西奥武とよばれていた、奥武島側の静かな砂浜は、僕が世界で一番好きな場所だった。海は奇麗で、観光客もいない。僕は銭湯もプールも、人がいるビーチも苦手で、水は得意ではなかった。けれど、西奥武の砂浜なら海を楽しめた。島に帰る度、かならず訪れた場所だった。地震があってからは、すこし怖くなってしまったけれど。一番好きな海、渡れない島。そこには何かあるのだろう。と、ずっと思いながら、内海の対岸から写真ばかり撮っていた。

それなのに、部外者は、何時だって軽々と境界を超えてしまう。彼はそこでどんな風景を見たのだろう。

市橋は日常を失い、それを取り戻そうとする。大阪での労働、島での潜伏。それの繰り返し。彼は、繰り返しに取り憑かれ、無人に等しい島に執着する。僕は、日常について考える。彼は島を死に場所にしたいと考えていたみたいだ。死に向かう日常。市橋達也は、沖縄で『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいた。戦争について、島の老人から話を聞きだしたりしていた。

那覇のある本島とは違い、この島では地上戦はなかった。島には当時、まだ乗用車はなく、子どもだったおじいはアメリカの軍用車や映画を見た。山に隠れていた友軍(日本軍)は怖かったがアメリカには敵意はない。そんな話をしてくれた。
市橋達也『逮捕されるまで』(幻冬舎、2011)

そういえば島にいた頃、戦争についてあまり話を聞いた事がなかった。いくつか、事件があったことはなんとなく聞いている。あの島に戦争中、戦後何が起きていたのだろう。市橋は老人の話を聞いて、どのような「戦争」を想像したのだろう。それは、僕が思い描く「戦争」とどれくらい違うのだろう。僕たちが思うそれと、僕の死んだ祖母や祖父のそれは、どれだけかけ離れているのだろう。そう、ぼんやりと思った。




+++
(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi