15_I've Looked at Clouds from Both Sides Now
ウッディが紹介してくれた兵士は、連絡が途絶えがちではあったものの、撮影の約束をしてくれた。撮影予定の直前になって、また連絡がとれなくなってしまったけれど、どうにかなるかもしれないと願いながら沖縄に向かった。これから行きます、撮影大丈夫?と彼にもう一度メールを送る。滞在は、二泊三日。一日目は連絡もなく、ホテルでビールを飲んで過ごす。夜になっても連絡はない。やけっぱちになって、ホテルのレストランで一番高いコースを頼んで、瓶ビールを飲み続けた。デザートを待っていた夜8時、iPhoneが振動し見慣れない番号が並ぶ。水を飲んで頭をふって電話に出ると、「ハロー」と穏やかな声が聞こえた。明日は休みだから、何時でも大丈夫。車でいくよ。彼が言った。安心して、とたんに酔いがまわる。明日の15時にホテルで待ち会わせにして僕はありがとう、と電話を切った。

翌日、大荷物を抱えた彼が現れた。兵士というには華奢な体で、まだ少年の面影が残る。彼が化粧をする様子を撮影しながら、僕はインタビューをした。いつからドラッグを始めたのか(アメリカにいた時から)、所属はどこなのか(空軍)、沖縄の男性と知り合う機会はあるのか(那覇のバーにいったときに、ときどき)。でも、すぐに話題は尽きてしまう。僕は無言で、彼が化粧をする様を撮影し続けた。3時間が経ち、外はすっかり暗くなってゆく。窓の外に見える観覧車に光が灯った。綺麗だけれど、なんだか妙だと思っていたら、動いていない。どうやら修理中のようだ。

7時。化粧を終えた彼がピンクのウィッグをかぶり、ドレスを着る。後ろ締めてくれる?と言われて、ファスナーを上げる。彼が胸にパッドを入れる。そして、綺麗なパールのネックレスをとりだした。留め金、お願い。そう言われて、ネックレスを渡されたけど、ネックレスなんて初めて触るので戸惑ってしまう。留め金はどこ?結局僕は彼の両手を導くだけだった。

OK。そう言ってドラッグクイーンとなった彼女が振り返る。フランス語はわからないけど、頑張って覚えたから、多分大丈夫。僕は上の空だった。

彼女がリップシンクで「クロリスに」を演じ始めた。背後では止まった観覧車が輝き、僕はその光を背後に演じる彼女に見とれていた。3回だけ演じてもらい、直感で十分だとわかる。OK、もう大丈夫。僕は彼女にありがとう、と言った。こちらこそ。芸術のお手伝いができるなんて光栄だった、と言う。ドレスを脱ぎ、ふたたびいつもの格好になって、兵士は帰り支度を始めた。でも、化粧とウィッグはそのまま。このウィッグお気に入りなんだ、と言う。荷物、下まで一緒に運ぶよ、と僕は幾つかの荷物を抱えてホテルのエレベーターに乗った。内心、ホテルの人に見つかったらどうしようとドキドキしながら。駐車場で、ピンク色のウィッグの彼にもう一度ありがとう、と言った。グレーのTシャツにショートパンツ姿に、ピンクのウィッグ。夜の国道沿いで季節違いの花のように目立っている。ハロウィーンならばひと月前に終わっているというのに。ウィッグをとらずに彼は運転席に乗り込み、そして嘉手納にあるという自宅に帰っていった。僕は部屋に戻って映像を見返す。すると、三回目の録画で、彼女が「クロリスに」を歌い終わり、振り返るとほぼ同時に、背後の観覧車が回り始めていることに気がついた。小さな奇跡だった。そして、それは『花の名前』という負の循環についての作品を象徴しているようで、少し不気味でもあった。




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(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi